

【再掲】ホーホケキョとなりの山田くん(1999)映画感想文
大変にようございました。映画のテーマは、「適当」ということらしいが、タイなどに住んでいると、適当であることが、幸せに生きるための必要条件であることが身にしみて感じられる。 世の中には、突きつめて考えても答えが出ない問題の方が多いのだから、「適当」に、物事を軽く見て、生きていく方が楽なのだ。タイの偉いお坊さんもこう喝破している。 「悩み事があるから考えるのでなく、考えるから悩み事が起こるのだ」と。 かといって、そのようなブッキョー的な題目を唱えれば、それで能天気に、極楽とんぼのように生きられるかというと、そんなことはなく、生きて死にたどりつくということは、いずれにしろ結構大変なのだ。この映画が引用している芭蕉の句のように、 やがて死ぬけしきは見えず蝉の声 芭蕉 とこうなれれば最高なのだが、現実は、 ケセラセラがなるオヤジの涙声 万斛 くらいが関の山なのだ。 ということで、おしげ婆さんが幼馴染を病院に見舞いに訪ねて大ショックを受けるエピソードが一番印象に残った。ま、そういう年齢になったからなのだが、高畑勲が選ぶ俳句がまたいいのである。これは、最初ち


【再掲】ゴジラ-1.0 (2023) 映画感想文
ある映画配信サービスに加入したので、早速、評判のよかったゴジラ-1.0 を鑑賞。冒頭からかったるく、被曝前のゴジラの殺戮シーンもイマイチ迫力にかけ(被曝前だからサイズも小さいのだ)、主人公の特攻崩れが復員した時、妙に若々しい感じの近所のおばさんに詰(なじ)られるシーンで、ダーッとなって一度見るのをやめた。九死に一生を得て戻ってきた近所の若い衆に「お前らがしっかりしないから、日本はこんなことになって、自分の息子も死んだんだ」なんて言うやつはいないでしょうに。主人公を心理的に追い詰めるための、いかにも作り物めいたセリフで、女優の演技もわざとらしく稚拙だったから、「こりゃドラマとしては見れないな」と思って、早送りで見ることに決めた。 次に、早送りを止めたところで、「米軍はソ連との関係に配慮してゴジラに対して武力行使を行わないと決めた」・・・云々という状況設定の説明が出てきて、これにもまた無理矢理感、違和感。ゴジラに東京が破壊されてしまえば、占領政策への打撃は計り知れないのだから、米軍が出動しないはずがないのである。どなたかが指摘していたが、アメリカは原


【再掲】2024年夏に見た原爆とホロコーストに関する映画&ドキュメンタリー感想文
◇映画「黒い雨」(1989年)とNHKの秀逸なドキュメンタリー ※タネアカシあり 井伏鱒二の「黒い雨」を今村昌平が映画化した。広島の原爆投下後、黒い雨に打たれたため「原爆病」の噂が立てられ、なかなか縁談がまとまらない妙齢の女性、矢須子を田中好子が、その叔父を北村和夫が、叔母を市原悦子が演じている。 他に着る服がないので、田中好子と市原悦子がチョコンと池に体を沈めて、洗濯した着物が乾くのをまっている。原作にもある その光景をある文芸評論家が「一種の聖画だ」と評し ていましたが、私も映画を見てそう思いました。しかし、2人とも、もうこの世にいないのだなあ。 梳いた髪が抜け落ちていくのを見て、原爆病であることを確信した田中好子が不思議な笑みを浮かべるところ。「不思議な」と書きましたが、他にどういう表情を浮かべるのかを想像した時、やはりこの表情しかないとも思えるのですね。ついに来るものが来た、と身構えていた緊張が一瞬溶ける、その表情ですか。 田中好子はこの笑みによって映画史に残る、と私は思います。 原爆については、以前、NHKで秀逸なドキュメンタリーを見


【再掲】「チャップリンの独裁者」(1940) 感想文
冒頭に挙げた動画は、「独裁者」エンディングの、かの有名な、反ファシズム陣営の結束を呼びかける、「床屋の大演説」シーン。この演説は、お題目、綺麗事の空疎な言葉だろうから、あんまり響かないだろうな、と思っていた。 ※動画は全てチャップリンの著作権管理者の公式サイトから 冒頭の戦闘シーンのギャグも古くなっていて、テンポがたるく、あまり笑えない。だいたい自分は、チャップリンのホボーの、あのわざとらしいカマトト歩きがあまり好きではないのだ。当人がやっている分にはまだいいが、その亜流(例えば萩本欽一)が真似てやったりすると、気持ち悪くて見ていられない。これは全部見るのが大変かな、と思いながら、鑑賞を始める。 が、チャップリンが、ヒトラーの形態模写の偽ドイツ語(トメニア語)を駆使して、「自分は平和主義者である!」と威丈高、攻撃的に訴える演説を始めるあたりから、俄然スイッチが入り面白くなった。 以下、ヒンケル総統の演説シーン。 この映画を見る前に、ヒトラーとナチス関係のドキュメンタリーを幾つが見て気づいたが、現実のヒトラーの髪振り乱した演説、シャチコバッタ歩き方


【再掲】アニメ「ダンダダン」で再評価の兆し?の昭和の名優・高倉健をディスる一連の投稿。
※アニメ「ダンダダン」によって再び脚光を浴びている昭和の名優、高倉健。男主人公のオカリンの本名が高倉健で、ヒロインのモモちゃんがなぜか高倉健の大ファンなのである。この「不器用ですから」のヤクザ映画&いい人映画のヒーローをディスってみた。なぜ健さんの映画に違和感を感じるのか、読めばわかるでしょう。きっかけは、高倉健らしからぬ?黒澤映画へのディスり発言からでした。還暦以上の方限定(笑) ◇もし、映画「鉄道員(ぽっぽや)」が懐かしきドリフのコントだったら。 この映画、見ていて恥ずかしいような気分になり、見るのをやめそうになったが、昔懐かしドリフのコントだと思って楽しめばよかったのかもしれない。 「もし、高倉健が田舎駅の駅長だったら」 みたいにコメディの題材として、映画そっちのけで、あれこれ想像して楽しむのである。 何かミスをするたびに「不器用ですから」と言って遠い目をするとか、いきなり感情的になって「死んでもらいます」と叫び懐から算盤を出す・・・とかその類のギャグ。要は大時代な演技をする役者に小市民の役をやらせた時のギャップを笑うわけ。...


【再掲】トニー・ベネットが歌うチャップリンの「モダンタイムス」のテーマ
トニー・ベネットの命日、2023年7月21日に投稿。 ※映像はべネットのVevo公式ページから。 2023年87月21日。名歌手、トニー・ベネットが亡くなった。96歳。 ちょい若めの奥さんの協力で、充実した最晩年を送ったと思いたい。映像は2010年のものだから、83歳の時だ。衰えない声量に驚かされる。ちょうど、トムジョーンズが今、そのくらいの年齢ではないか。トム、頑張ってくれ!サー! べネットは公民権運動の支持者でもあり、ハリー・ベラフォンテに乞われて、歴史的なセルマ・マーチにも参加している。後年開かれた記念行事で、べネットは、行進に参加後、自分を空港に送ってくれた参加者が、その帰路に、KKK団に射殺されたと語っている。 ライブエイドに参加するのとはわけが違うようだ。ジョン・バエズは、「公民権運動に、アーティストたちは、キャリアを失うリスクを犯して参加した。ライブエンドでは、アーティストたちは、参加しないことにキャリアを失うリスクがあった」と話している。 第二次大戦の従軍経験のあるベネットは、イタリア系マイナリティとして戦場で様々な差別を受けたと


【再掲】チャップリンに関する感想文
◇「殺人狂時代」(1947年) タネアカシあり 私の中でのチャップリンの最高傑作。殺人を繰り返しても悔悟しない映画の主人公は今でこそ珍しくないが、当時この映画がアメリカ社会に与えた衝撃は推して知るべしだろう。チャップリンは、この映画を直接の原因として赤狩りの対象となったと記憶する。 「独裁者」がヒトラー批判、ファシズム批判であるのに対して、この映画はアメリカにとっての「良い戦争」(第二次世界大戦)まで根こそぎ 否定しようとしたのだから(一人殺せば殺人者、100万人殺せば英雄となる)、危険分子とみなされないはずはないのである。 人殺しをビジネスにしてまで守ろうとした家族を失った後の、返ってさばさばしたような、しかし、おそろしく冷え冷えとしたあのチャップリンの表情!そして、教誨師の「悔い改め」の誘いをキッパリと拒否して死刑台に引かれていくチャップリンの少し揺れる映像に、心底驚き、「こんなところまで映画で描いていいものか」と思ったものだ。 ではでは ◇街の灯の残酷なラストと淀川長治 ※ タネアカシあり。ラストシーンについての話なので、チャップリンの代表


【再掲】「幸福の黄色いハンカチ」(1978) 映画感想文
※なぜかチャップリンの「殺人狂時代」のタネアカシあり。 「幸福の黄色いハンカチ」は好きな映画。 キャスティングで圧倒的にコールド勝ちした映画 と言っていいのではないか。 先ごろ、井上尚弥とノニト・ドネアとの再戦が「13ラウンドからの戦い」として話題になったが、我々は、 映画の冒頭、主人公・島勇作が登場した時、既に12ラウンドを見終わっていた のだ。高倉健のヤクザ映画のヒーローとしての前半生が、網走の刑務所から出所した、この九州出身の主人公(そういえば高倉健も九州出身だ)の前半生と完璧に重なりあったからである。 映画の演出がキャスティングから始まるとしたら、これほど効果的な演出はないだろう。この後、観客は、映画の主人公と俳優・高倉健の人生の再チャレンジを固唾を呑んで見守るだけなのである。 キャスティングの意外性による演出効果のもっとも高名な例は、チャップリンの「殺人狂時代」だろう。 ヒューマニズムの旗手、人間愛に溢れた喜劇王とされていたチャップリンが、冷酷卑劣な連続殺人犯を演じて、映画のラストでは、教誨師の悔い改めの誘いさえキッパリと拒否して断頭台










