

Ado の才能が絶賛爆発中〜The First Take 第二弾「アイ・アイ・ア」
Ado 爆走中。部分的 Face Reveal もAdoの活動にほとんど影響を与えていなさそう。ちょっと心配していたが、「老爺心」だったようだ。 いやあ、才能が爆発してますな。 Adoはダンスの才能もあるのだ。ビバリウムの走るシルエットで思ったが、この人は運動神経もいいのである。 これほどの才能が、無能者からのいじめと、親とのちょっとした行き違いで、押しつぶされかかったのだから、空恐ろしい。 その彼女が、ボーカロイドとの出会いの一点にすがって、クローゼットを抜け出して世界的大スターになった。 この引きこもり少女のサクセスストーリー が、国境を超えてアピールしているのだろうな。 Adoの熱狂的ファンであるユーチューバーを見ていると、背景にアニメのフィギャアやポスターが飾ってあることが多い。おそらく、Adoと同じような少年少女時代を過ごした人たちなのである。日本でではなく外国で・・・ いじめられただろうな、多分 。 現代社会の標準的現実の厳しさが、言葉や言語の壁を越えて若い人たちの共通感覚を形作っているのかも。大袈裟か(笑)でも、Adoの歌に寄せられ


今日の一句〜熱帯季題「マンゴスチン」「マンゴー」+「永遠の嘘をついてくれ」が泣ける
雨雲にマンゴーのそりのそりとす 万斛 ▪️ マンゴスチン 耳下腺痛しひと匙のマンゴスチン では太 添削 耳下腺にきたマンゴスチンのひと匙 では太 これは虚子歳時記に例句がなかった。 当時、マンゴスチンは、東南アジアを旅しても遭遇することが少ない、 希少な果物だったのだろうか? そういえば、自分が子供の頃は、スイカなどは旬のもので、夏しか食べられなかったと思う。今なら、タイに来れば、マンゴスチンくらいいつでも食べられるが。 耳下腺(じかせんと読ませる)とは、耳の下あたりにある唾液を分泌する腺。マンゴスチンというのは、かなり強烈に酸っぱい果物なのだ。甘いイメージより酸っぱいイメージ。 顎の奥が痛くなるくらいに酸っぱい。 もう一句、マンゴスチンは、 あの分厚い表皮のドス黒い赤 が印象的なのだが、いい形容が見つからなかった。以下は、いろんなタイプの赤を集めた色見本。ここで色を選んでみた、本当は どどめ色 がいいのだが、語感が悪すぎる。 「赤系の色一覧」 https://irocore.com/category/red/ 血の色で言うと、 動脈系ではなく


テレビ日記(2026年3月①)〜衝撃!ADOの顔出しミュージックビデオが公開される!ハメネイ氏殺害など・・・
夏嵐一過後の庭、スカスカである 2026年3月1日(日) イランの最高指導者の死が確認された。 一族郎党、根こそぎにされたようだ。後継者とみなされた息子も死んだということだろう。イラン側も、ハメネイ師の死亡を認めて、 革命防衛隊が暫定統治委員会を組織したという報道もある。 他にも革命防衛隊を含む軍や治安組織のトップが軒並みやられている。昨日の元自衛隊幹部の分析だと、軍事的にはイランのミサイル攻撃能力の除去が第一目標であり、イランの体制崩壊はその副産物として期待するというニュアンスだったが、イスラエルの斬首作戦がここまで成功してしまうと、体制の崩壊は急激に来るかもしれない。 ネット上では、ハメネイ師の死を祝うイラン国内の映像が続々とアップ されている。 個人的には、アメリカ&イスラエルのイラン空爆やハメネイ師殺害よりも、こちらの方が衝撃だった。 ADOの唯一無二のユニークさがここだったのに、早まったな、 という印象。 でも、実際には、 顔写真はネットで出回ってたし 、 このくらいの露出なら匿名性が保てると判断したのでは ないかな。女性の顔の印象の半


Ado作詞作曲の新曲「ビバリウム」本も出るらしい(テレビ日記から)
2026年2月18日(水) ▪️ Ado 作詞、作曲の新曲「ビバリウム」 傑作。後半の高音のビルドアップがすごい。でも、「初夏」の続編、二番煎じという感じもある。「何も知らない」とか「箱庭」とか、歌詞が重なる部分も多い。「 ものすごく、真面目に、正面から悩む人なのだなあ」 と大好感なのだが、自分に囚われ過ぎているきらいがあり、他人の作った歌を歌ったほうがいい人なのではないか、とも思う。 他人の言葉を借りて、いろんな世界を表現していくほうが合っている ような・・・。「ちあきなおみ」のように、 歌に憑依するタイプ なのだから。 やはりADO作詞作曲の「初夏」は以下。 https://youtu.be/GORsp0gc2Nc?si=oVpPKSLldJgILX7h 17歳の時に作った歌に手を入れて昨年発表したものだが、 「ビバリウム」が「初夏」の延長線上にある歌 であることに疑いはない。 ちなみに、 ビバリウムの意味をAI (Googleのやつ)に聞いてみると、以下のような回答が返ってきた。 ビバリウム(Vivarium)とは、


【再掲】万葉を歌ってみた!〜田子の浦に・・・他
1. 田子の浦に・・・ 田子の浦ゆ うちいでてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける( 山部赤人) この歌、百人一首のバージョンと混同して、ずっと「田子の浦に」と間違って憶えていた。訂正して出そうとも思ったが、どうしてもしっくりこないので、「田子の浦に」でそのまま歌わせてしまった。古典好きの方には我慢がならないかもしれないが、 基本的に私の自己満足のためにやってることなのでご容赦願いたい。 ※百人一首のバージョンは以下、 田子の浦に うち出いでて見れば白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ メロディは、中世の讃美歌、グレゴリオ聖歌の「あわれみの讃歌」から 持ってきた。これも中世音楽の歴史を書いた例のゾッキ本に短い楽譜があったので、それをそのまま使った。この本のお世話になるのはこれで3回目だ。 「あわれみの讃歌」(Kylie Eleison)は、教会で歌われるミサの曲、というか chant 、皆で唱和するお祈りのことである。 富士山の空撮は、フリー写真サイト、Pixabayより。 2. 笹の葉は・・・ 笹の葉はみ山もさやにさやげども..


Ado日誌(2026年)
2026年1月2日 ◇ ADO がFirst Take に初出演、「うっせえわ」を生で、一発勝負で歌う! なんと新年早々、 ADOがFirst Takeで「うっせえわ」を歌っている。初出演。 驚いた。 所ジョージではないが、す・ご・い・で・す・ねえーの一言。(引退してる?所ジョージ)ホラー仕立ての演出、振り付けだが、この歌の楽曲は元々、そういう曲なんですね。ADOがピアノ伴奏で歌う「うっせええわ」のバージョンがあるのだが、自分は、それを聞いて シューベルトのホラー歌曲?「魔王」のピアノ伴奏を思い出した ものだ。 ADOの歌声がスタジオ加工の産物ではないかという中傷が時々あるが、スタジオバージョンだからもちろん加工はしているけども、 ADOの場合、ライブの方がいい、という声が圧倒的 なのである。 自分は、一般的には、ADOのスタジオバージョンの方が、安心して聞けて好きなのだが、特に印象に残る歌は、「風のゆくえ」とか「Unravel」とか、この「うっせえわ」とかのライブバージョンなのだ。 ファンになったのは、Unravelのライブバージョンを聞いてか


ADO日誌(2025年)
2025年1月3日 ノート 素晴らしい。ちゃんと英訳が入っている。これから外国人に、「日本人の宗教観ってどうなってるの?」と聞かれたら、これを見せることにする。大体が、こういう感じのファジーな無神論者ではないか。しかし、この歌詞、笑えて、しかも、結構、深いのですね。さすがボカロプロヂューサーが作っただけのことはある。「それっぽい単語集で踊ってんだ」なんて、いい感じに鋭いフレーズ。「神も仏も所詮、その程度のもん、言葉に過ぎんだろう」と思う。 しかし、一方で、椎名麟三ではないが、「本当のもの」を心の奥で求めている気配もあるのだ。「全部理解して患った、無邪気に踊っていたかった人生」という締めの歌詞にそれを感じる。これは深読みじゃないと思う。みんな、(宗教ガイキチ以外は)そういう不安を抱えて生きているわけで、だから、時々、気の迷いで、妙な宗教に引っかかったりするのだ。そういう日本人の宙ぶらりんな、不安定な感じが滲み出て、この歌のラストが少しだけ哀感を帯びるわけだ。 2025年1月11日 コンサートの後半、疲れ切った声で歌うADOも悪くない。聞かせどころで


「永遠のあくる日」ライブ〜ADOの不安定な低音に中森明菜の若い頃を思い出す
ADO「永遠のあくる日」のライブバージョン。低音がきついのだが、それがむしろいいのだ。低音の不安定感が若い頃の中森明菜みたい。そこから、高音ベルト、シャウトで盛り返して、わーっと「解決する」時の迫力が、低音の不安定さによって増幅されるのである。妙なことを言っているけど、聞けばわかります(笑) いや、まじで天才。コンサートで完璧を求めないで、素の自分を曝け出しているところが素晴らしい。そして、ライブバージョンの殆どが、オリジナルよりいいのである。たまに失敗があるが、例外的なことだから、ファンとしては、それさえも「悪くない」という気分になる。何というか、「ADOの真正性」を失敗が担保している塩梅になるのだ。 曲も歌詞も素晴らしい。「雨は虹の予告編だ」・・・なんと爽やかでロマンチックなフレーズ!曲調も、歌詞のペシミズムの質感も違うが、Movie 繋がりで、Adele の When we were young を思い出した。「永遠の・・・」の方は「ベタな映画のエンドロール」と、ストレートな感情を嫌うティーン向けに捻ってあるが、失恋の歌であることに変わりは










