

【再掲】たそがれ清兵衛(2002) 〜映画感想文 ※タネアカシあり
藤沢周平原作、だが、実は「たそがれ清兵衛」よりも藤沢の別の短編「ほいと平八」を元にして脚色している。夕方になるとそそくさと家に帰る、というところだけが「たそがれ清兵衛」で(こちらは病身の妻の面倒を見るためだが)、やもめぐらしで身だしなみが整わず殿様から叱責されたり、上意討ちを命じられたり、紆余曲折の末幼馴染と結ばれたりするのは、後者のストーリーだったと思う。「ほいと平八」では映画の題名にならないので「たそがれ清兵衛」にしたのだろう。 ラストの田中泯との決闘シーンは、新しいチャンバラアクションを見せられた気がした。黒澤明が、様式化されたチャンバラをリアルな斬り合いに変えたとされているが、山田洋二も時代劇アクションに新しいスタイルを付け加えたと思う。圧倒的なスピードで瞬間に終わらせる三船敏郎の殺陣と対照的な、二人の剣の達人が延々と死闘を繰り広げ、無数の刀疵を負いながら、最後に力尽きて決着がつく「西部劇の殴り合い」タイプの時代劇アクションである。これはやはり、主役に真田広之というアクション俳優を配した事が大きいだろう。真田は、三船敏郎タイプの「瞬殺の殺


【再掲】間違えやすい映画の題名十選〜「タミオとジュリエット」「燃えよドラゴンズ」など...
1) 復習するは我にあり ※先生に復習しろといつも怒られるので、「いつか復讐してやる」と思っている小学生の話し。大藪春彦原作でも、連続殺人犯の実録映画もない。 2)10回 ※一日10回のスクワットを日課としている老人の日常を淡々と描く。海が割れる映画ではない。役所広司主演の Perfect Days にテーストが似て・・・ないかも。 3)アヘー ※谷岡ヤスジ原作の忠犬バター公の物語。ベトナム反戦ミュージカルを期待しないで欲しい。アヘアリアース、アヘアーリアース と新宿のホームレスが歌うテーマ曲が有名。 4) 大脱肛 ※痔持ちの中年男性の脱糞時の苦痛の表情を延々と映したカルト映画。ちょっと見る気になれない。マックイーンさん、ブロンソンさん、すいません。 5) 燃えよドラゴンズ ※中日ドラゴンズの応援歌。私の見ていた頃は坂東英二が歌い、出だしは、「一番高木が塁に出て」だった。あの、香港映画のフリをしたハリウッド映画のことではない。 6) オメン ※縁日で売っていたパーマンのオメンに異常な愛着を示す中年男性と、ホスト志望の浪人生のBL &...


【再掲】寅さん映画の場面転換の「音」「ノイズとしての人の声」について
小津安二郎の静物画的ピローショット 「音」といっても、特別のテクニックの事を言っているのではなく、外国の評論家の言うピローショット、平たく言えば「場面展開の絵」に載せてある音、ノイズの事。 例えば、夕暮れ、田舎町の雑貨屋の前を自転車に乗った女子学生が通りすぎる、その時、店番のお婆さんがかける「気いつけて帰りんさいよ」・・・みたいな言葉、音。おそらくロケ地の地元の人に言ってもらってる、方言混じりの、その声。 音は環境音、ノイズとして取られ、特別に強調されていない。 この「立ってない」音のさじ加減が抜群なのですね。 考えてみると、我々は、普段の生活の音を、映画やテレビみたいに、強調された特定の音として聞かないわけで、こういう人声も、数多ある生活音、ノイズの一つとして聴くのである。このさじ加減の抜群さが、今となっては懐かしい景色、光景に相まって、我々になんとも言えない感懐を呼び起こすことになる。 この種のショットを外国人が「ピローショット」などと言い始めたのは、小津安二郎が場面展開の絵を多用したからだが、小津は、ラーメン屋が吹くチャルメラの音や柱時計の


【再掲】もし映画「鉄道員(ぽっぽや)」が懐かしいドリフのコントだったら・・・
この映画、見ていて恥ずかしいような気分になり、見るのをやめそうになったが、昔懐かしドリフのコントだと思って楽しめばよかったのかもしれない。 「もし、高倉健が田舎駅の駅長だったら」 みたいにコメディの題材として、映画そっちのけで、あれこれ想像して楽しむのである。 何かミスをするたびに「不器用ですから」と言って遠い目をするとか、いきなり感情的になって「死んでもらいます」と叫び懐から算盤を出す・・・とかその類のギャグ。要は大時代な演技をする役者に小市民の役をやらせた時のギャップを笑うわけ。 最後は雪の中で死んでいるケンさんを部下が見つけて「やれやれ」という顔をした後、雪かきを続けるふりをして、高倉健駅長を再び埋めなおすのである。 傍迷惑なのですな、小市民としては、重すぎて(笑) これはケンさんのせいではなく、企画と原作が悪いのだ。 こういうコントは幾らでもできるし、考えていると楽しい。例えば、 「片岡千恵蔵がセヴンイレブンの店員だったら」(古いか!)「田中邦衛が話し方教室の先生だったら」 とか、あるいは 「西田敏行がぼったくりバーの呼び込みだったら」


【再掲】木下恵介の「陸軍」(1944年)のラストシーン ※タネアカシそのもの
木下恵介の「陸軍」。1944年の公開だから、ちょうど80年前の映画である。日本映画だし、公表から70年以上が経過しているから、チャップリン協会やディズニーがなんと言おうと、日本の法律に則りパブリックドメイン入りしたとみなす。(笑) このシーンは、戦時中、九州の連隊が実際に出征する機会を利用して撮影 された。(ここに写っている兵士の大半は戦死したのだそうだ。) しかし、陸軍の全面協力を得て制作した映画で、こういうラストシーンを作るとは! 息子の出征をあからさまに嘆いている田中絹代は、明らかに周りから浮いているのである。周りにいるのはエキストラでなく、出征兵士に歓呼の声をあげる本物の群衆のようなのだ。演出したシーンを実写と繋げた可能性はなきにしもあらずだが、おそらく、 田中絹代は、あの時代の現実の中で、ホンモノの「空気読まないやつ」 になっているのである。 この映像を見たのは随分前の事だが、「日本にこんな映画監督がいたのか」と感動した。しかし、考えてみると、この母親は何も出来ずにただただ嘆いているだけの無力の人で、これは、木下監督が戦後に作った「二十


【再掲】替え歌「蛍の光・同窓会勧酒編」〜原曲は旧友との再会を喜ぶ乾杯の歌なのだ!
替え歌「蛍の光」~同窓会勧酒編 年末のカウントダウンで流れる曲「蛍の光」、原曲は、久しぶりにあった友人にビールを勧める歌だ。以下スコットランド民謡 Auld Lang Syne の英訳とその日本語訳。日本語では「久しき昔」と訳すらしい。 Should old acquaintance be forgot, 旧友を忘れ、古き昔を and never brought to mind? 心から消し去っていいものか? Should old acquaintance be forgot, 旧友と古き昔を and auld lang syne? 忘れてしまっていいものか? For auld lang syne, my dear, 親愛なる古き昔のために for auld lang syne, ああ、古き昔のために we'll take a cup of kindness yet, 我々は親愛の一杯を傾けよう for auld lan


【再掲】私が見ていない名作映画10選
1. 雨月物語 ACTミニシアターで見始めたが、オールナイトだったので途中で寝てしまった。溝口健二の良さがわからない。「近松物語」と「西鶴一代女」は面白いとおもったが、「山椒大夫」などは傾向映画みたいだ。あれ、確か森鴎外の原作では、山椒大夫一族は生き延びてますます繁栄するのである。 2. 戦場のメリークリスマス ビートたけしが「メリークリスマス、ミスターローレンス」と言ってニッコリする顔を予告か何かで見て、ダーとなって見る気を無くした。「夜の熱気の中で」のロッド・スタイガーのラストの笑顔を見るとなおさらそう思う。プロと素人の差。 3. 総長賭博 「三島由紀夫が褒めた」という事で名作とされている任侠映画。小林信彦と脚本の笠原和夫の解説を読んで見た気になっている。ヤクザ映画は好きなので、見ていないのは、行きつけのビデオレンタルショップに偶々置いてなかったからだと思う。ビデオレンタル、そんなものが昔あったのだ。 4. 神々の深き欲望 おそらく題名に恐れをなして見なかったのだろう。近親相姦を扱った映画らしい。今村昌平の映画は、「日本昆虫記」なども見て


【再掲】ラジオドラマ「佐八のはなし」(黒澤明「赤ひげ」より
黒澤映画「赤ひげ」の「佐八とおなか」のエピソード、山崎努の語りがあまりに見事なので、音声だけ切り取ってラジオドラマにしてみた。 一種の実験・・・というかお遊びだが、 映像抜きのラジオドラマとして十分、成立している と思う。といっても、自分は映画を何度も見ているので、音を聞くと反射的に絵が浮かんてくる。もし、映画を見ていない方で、この「ラジオドラマ」を聞いた方がいれば、意見を聞かせて欲しい。背景情報なども、聞いているうちに理解できましたでしょうか? いろんな面でお金がかかった贅沢なラジオドラマである。特に感じたのは、俳優の語り口が、声優のそれよりも、聞くものの耳に自然に入ってきやすいと言うこと。プロの声優の語りも味があって好きなのだが、やはり、 デフォルメの仕方に独特の癖があり、邪魔に感じることがある 。翻訳物だと、元々が別世界の異人の話しだから気にならないのだが・・・。 俳優の声を取り出しきた場合、演技という体の動きとセットで出てくる声だから、自然に聞こえるのかもしれない。アフレコだろうと言われそうだが、 要は、俳優は、その演技、体の動きに応じた










