映画「94歳のゲイ」〜予告を見ての感想
- somsak7777
- 2月18日
- 読了時間: 2分
更新日:2月19日
これは見てみたい。タイの映画サイトで紹介されていたので、映画の存在を知った。タイは同性婚が認められている、ゲイライトの面では先進国なのである。国同士で競争する問題でもないが・・・
予告に出てくる「薔薇族」、本屋にありましたなあ。何か、そこだけ、人が寄りつかない、禁忌ゾーンになっていた。視線をそこに向けるのも憚られるような・・・少し時代が進むと、タブー感は薄れたが、芸人がギャグで使う類の、揶揄、からかいの対象となった。
美輪明宏が、おすぎとピーコに怒っていたが、受容の過程として、あの二人のメディアへの露出は必要だったのではないか?からかいの対象として、まず世の中に受け入れられる・・・というか。そして、当人たちは、何を言われても、蛙のツラに・・・で、図々しく同性愛者としての自分を押し出していく。
おすぎとピーコの、ピーコが亡くなった時、自分はこういうことを書いている。(映画のこともよく一緒にしゃべっていたので、ピーコも映画評論家かと思っていたが、ピーコはファッション評論家、映画評論家の肩書きがあったのは、おすぎの方だった。)
「おスギとピーコ」のピーコさんが亡くなった。映画評論家?としてのこの人の最初の印象は「ダイハードを激推ししていた人」だ。「胡散臭い連中だな」と思っていたのだが、試しに見てみると、本当に、めちゃくちゃ面白かった。今や「ダイハード」はアクション映画の古典という評価だろう。
今、考えてみると、この兄弟は大変な先駆者だったと思う。この人たちがテレビに露出することで、我々の世代は、LGBTQ的な異質な性のあり方を受け入れる下地ができたのである。自分は、彼らの性別認識を正確には知らないのだけども。
「おスギとピーコ」は自由に生きただけなのかも知れないが、彼らがテレビではしゃぐ姿を見ることで、我々の世代は「人間は他人に迷惑さえかけなければどう生きてもいいのだ」という自由社会の当然の原則を、自然な形で学んだのだと思う。これは、学校でのポリコレ教育などより、はるかに有効な「人権教育」だった。
ところで、おスギさんはまだご存命なのかな。
合掌 ではでは
・・・・引用終わり
しかし、彼らほど面の皮が厚くない、普通の同性愛者たちには、あの状況は、相当の苦痛だったのではないか?・・・と、今になって思う。
ではでは
おすぎとピーコの、ピーコの訃報について












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