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【再掲】私の好きな日本映画 その七〜長谷川和彦が死んだ!

  • somsak7777
  • 2月2日
  • 読了時間: 4分

更新日:2月2日

長谷川和彦が亡くなった。「青春の殺人者」。これは、若い頃見て衝撃を受けた傑作だった。その後、「太陽を盗んだ男」。他に撮ってるのかな、この人。自分には、麻雀プロ、鳴き麻雀、阿佐田哲也の友人というイメージが強い。


下は、かなり前に書いたもの。合掌。



「青春の殺人者」は市原悦子の映画。この人はイタコですよイタコ。殺された夫の無念をイタコとなって狂ったように言い募る、そのど迫力。「やりたいだけ」の水谷豊は、気持ちはわかるけどバカだなあ。フロイトの理論とか、こじ付ければ何かあるのかも知れないが、この映画は、煎じ詰めれば「やりたいだけの息子に、営々と築きあげたものを理由もなく壊される夫婦のドラマ」なのだ。殺人にまでエスカレートする事はまれでも、こういうことはよくある話しだから、ストレートに我々の胸を突いたわけで、映画に説得力を持たせたのは、息子が狂うのも無理もないと思わせた原田美枝子の若い身体の魅力だろう。


「単騎 千里を走る」格好をつけていない素の高倉健の泣き顔を始めて見た。「遥かなる山の呼び声」のラストの涙なども、泣けることは泣けるが、健さんがどこで横を向いて、どこで鼻を啜るかまで読めてしまうお約束の演技だった。張芸謀が名監督であるとすれば、この人の色彩感覚をどうこう言うよりも、ある意味大根役者の高倉健から、こういう自然な演技を導き出した演出力にあるのだと思う。これぞ、「導演」!と言いたくなった。そして、この健さんの放心したような泣き顔は「仮面を被った人生の虚しさ、生き辛さ」という映画のテーマを見事に完結させているのである。高倉健自身が長年被ってきた仮面、「男の中の男」的レッテルばりから解放された瞬間ではなかったか。


以下は、簡単に。


「砂の器」ザ、昭和の映画。ハンセン氏病への偏見を広めた罪深い映画でもあるが、捜査会議で思わず嗚咽するベテラン刑事丹波哲郎に涙。


「人間の証明」これは間違って「その六」で出してしまった。西条八十の詩を英詞にしたテーマソングがよかった。


母さん、ぼくのあのサルマタどうしたでしょうね、

ええ、あの、夏、物干しから落とした、あのサルマタですよ・・・


♫ Mamaaaa, do you remember?

the old undershorts you hung for me....


名曲でした。


「水俣」労働組合か何かの主催する映画上映会で見たと思う。最近、ユージン・スミスの映画が話題になったが、国内的に水俣の惨禍を伝えたのはこの映画だろう。ただただ尊敬。


「稲妻」何かちょっとした事で気持ちが変わって(この場合は稲妻を聞いた事)、昂った気持ちがスッと落ち着き、家族を許す気になって、また同じような生活が続いていく。こんな事が映画になるのか、と愕然とさせられたが、考えてみると、自分なども、そういう事の繰り返しで生きている。


「西鶴一代女」溝口はよくわからないのだが、物語の始まりと終わり、夜鷹に身を落としたお春の、寒々とした、でも何か清々したような感じが好きだ。自分もホームレスになったら、ああいう心境で生きてみたい。


「あにいもうと」これも成瀬巳喜男監督だったと思う。森雅之主演。自分が子供の頃の大人の男の人のイメージはこの人だった。軽々しく子供と話したりはせず、子供からすれば、大概の場合、不機嫌そうに見え、お酒を飲んだ時だけ機嫌が良くなるのである。


「呪怨」こちら(タイです)でも有名なジャパニーズホラー。多分、「リング」よりも有名だろう。小学生の頃、古くなった校舎を解体する片付けを手伝わされたのだが、その時、生臭い、たまらなく嫌な匂いがして、吐いてしまった。(猫の死体でもあったのかもしれない) そういう感じの、生臭い下品な怖さ。リングのような知的な要素がないところが、余計に怖い。あ、だからタイで人気があるのか!


「黒い雨」原爆病と噂される康子が、風呂場で髪をすいていると、次々と髪が抜け落ちていく。それを見て、康子はにやりと笑うのだ。「来るものが来た」と安堵するような微笑。この演技で田中好子は映画史に残ると思う。


ではでは

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