

テレビ日記(2026年1月①)〜停戦してなお騒がしいお正月、米のベネズエラ侵攻など
※うちの外飼猫サンシーがお昼寝中。かみさんと、お義母さん、私と、こいつ、3人と1匹で暮らしております。田舎に引っ越してから、ほぼ毎日書いておりますので「不定期テレビ日記」改め「テレビ日記」にしました。テレビ日記としたのは、コロナが流行していた時に始めたので、 引きこもってテレビを見て書いた日記 という意味でした。テレビというか、主にネットですね。その点は、今も、あんまり変わりません。 2026年1月1日(木) カンボジア兵捕虜は本国に返され、停戦も維持されて、一応、平穏な正月元旦 。いつもの正月なら、元旦は朝からお酒を飲むのだが、そういう特別な気分にもならず、四方から聞こえてくるスピーカーの大音響に耐えている耐えている。もう10歳若くてもこれにはついていけないだろう。 普段は我慢して働いている人たちだから、こういう時に、集中的に憂さ晴らしするのは仕方がないか。 かみさんも同じように歳を取った。親戚一同集まっての大晦日のパーティーも年が明けるとすぐ引き上げてきた。早くても2時、3時までは飲んでいると思っていたのに。自分はお義母さんと家にいて、別々の


【再掲】映画配信サービスで映画が終わるとすぐ次の映画の広告が入る件について。
※「Look Back」のタネアカシあり 自分は、最近の映画の細々(こまごま)と全スタッフの名前をエンドロールに載せるエンディングが好きではなく、昔の日本映画の、頭に主要キャスト、スタッフを紹介して、 エンディングは「終」でドンと終わるやり方が好きなのだ。黒澤明の「どん底」のエンディングなど最高にクー ルだった。 しかし、時にはラストの余韻をしばらく感じていたい映画もある。「この人たち、俺に何の関係があるの」というスタッフの名前を延々と見る気はしないが、 座って音楽をしばらく聴いていたい映画もあるのである。「Look Back」はまさしくそういう映画 だった。 非業の死に倒れた同僚の遺志をついで、静かに、 しかし決然と仕事机に座って、また描き始める藤野の姿は、ある意味、あの映画で最も重要なシーンだとも言える のである。それをホンの数秒で、次の映画の宣伝に入る無神経さ!制作スタッフの自己満足やギルドの規定で、惰性的に流すエンドロールとはわけが違うのだ。これをやった人(というか多分AIだろうが)の首を絞めたくなった。 このエンドロール途中で切るやり方


【再掲】Look Back (2024) 映画感想文
※タネアカシあります。ご注意を。 配信サービスにあったので見てしまった。泣けた。何よりまず絵が素晴らしい。自分は、ある種のアニメの絵には抵抗感がある方なのだが、この絵は好きだ。(例えば、「君の名は」の絵は自分はダメなのだ。 ストーリーに入れない)タイ人レビュアーが、絵の完成度に難点があったと文句をつけていたが、どこを見ていたのか?ディズニーのアニメーションにかぶれているだけだろう。 自分が今まで見た中で、最高のアニメーションの絵 だったと思う。 藤野が京本に褒められて嬉しくなって、漫画への情熱を取り戻し、雨の中を飛び跳ねて帰るのは「雨に唄えば」である。二人で街に遊びに行くシークエンスも素晴らしいし、京本が勇気を出して藤野との決別を言い出すシーンは、還暦の俺の胸が激しく痛んだ、いや、マジで。自分も引きこもり予備軍だったのだ。印象に残った絵はいくつもあるので、 ここに詳しく書くために見直したいところだが、今はもう一度見る気になれない。これは予想通り後を引くなあ。 映画の地方都市の風景に、自分が生まれ育った街を思い出す人は多いのではないか?自分は四国の


【再掲】イングロリアス・バスターズ(2009)〜映画感想文
※タネアカシ多少あり これ、英語原題がInglourious Basterds スペルが違うのだ。「リザボアドッグ」より訳わからん題名。Reservoir Dogs は「貯水池のあたりを彷徨いている野良犬みたいな・・・」というタランティーノの説明?が、感覚として少しは理解できる気がするのだ。 試しに、AIに理由を聞いてみたらこういう答えだった。 以下、ChatGPT から引用。 改変した意味をどう解釈しますか?(私の質問) タランティーノがタイトルのスペルをわざと「Inglourious Basterds」と変えた理由については、いくつかの解釈が考えられます。 皮肉とユーモア:映画自体がナチスを打倒するための「ならず者」たちの過激な作戦を描いたフィクションであり、歴史的なリアリズムよりもユーモアや皮肉が強調されています。誤ったスペルは、作品の風刺的な性質や、形式に囚われない映画の雰囲気を反映している可能性があります。 反逆的な個性:誤字を用いることで、観客に反骨精神を強調し、伝統的な「英雄」とは異なる、アウトロー的なキャラ


【再掲】ジョンウィック4(2023)〜最後まで見なかった映画の感想
※タネアカシあり アマゾンプライムで鑑賞。NetFlix をやめてこちらにしてみたが、いろいろあって、ほとんど見なかった。更新日があと数日に迫っていたので慌てて見てみたのだ。ローレンス・フィッシュバーグがライターをつけるシーンに砂漠に朝日が登るカットを繋いだ、 「アラビアのロレンス」引用シーンの後から である。ここまで見て、一旦、見るのを休止していたのだ。 アマゾンプライムはとりあえず解約した。 この「とりあえず解約でき、いつでも復帰できる」というのは、配信サービスが普及した理由の一つだろう。 実際利用して見て実感した。いやあ、便利になったものですなあ。しかも、600円くらい。遅れてる? さて、「ジョン・ウィック」だが、このシリーズは、1を未見、2は全て見て、3は半分くらいでやめた。このパート4は、大阪での大殺戮シーンまで見てお腹いっぱいになり見るのをやめた。 いやはや、これは、さっき5歳の孫娘がやっていた ソンビ殲滅ゲームの世界 ですね。他の人は飽きないのかな。ヒットしているのだから飽きないんでしょうね。PCの戦闘ゲームもズーうっとやっていて飽


【再掲】ホーホケキョとなりの山田くん(1999)映画感想文
大変にようございました。映画のテーマは、「適当」ということらしいが、タイなどに住んでいると、適当であることが、幸せに生きるための必要条件であることが身にしみて感じられる。 世の中には、突きつめて考えても答えが出ない問題の方が多いのだから、「適当」に、物事を軽く見て、生きていく方が楽なのだ。タイの偉いお坊さんもこう喝破している。 「悩み事があるから考えるのでなく、考えるから悩み事が起こるのだ」と。 かといって、そのようなブッキョー的な題目を唱えれば、それで能天気に、極楽とんぼのように生きられるかというと、そんなことはなく、生きて死にたどりつくということは、いずれにしろ結構大変なのだ。この映画が引用している芭蕉の句のように、 やがて死ぬけしきは見えず蝉の声 芭蕉 とこうなれれば最高なのだが、現実は、 ケセラセラがなるオヤジの涙声 万斛 くらいが関の山なのだ。 ということで、おしげ婆さんが幼馴染を病院に見舞いに訪ねて大ショックを受けるエピソードが一番印象に残った。ま、そういう年齢になったからなのだが、高畑勲が選ぶ俳句がまたいいのである。これは、最初ち


【再掲】ゴジラ-1.0 (2023) 映画感想文
ある映画配信サービスに加入したので、早速、評判のよかったゴジラ-1.0 を鑑賞。冒頭からかったるく、被曝前のゴジラの殺戮シーンもイマイチ迫力にかけ(被曝前だからサイズも小さいのだ)、主人公の特攻崩れが復員した時、妙に若々しい感じの近所のおばさんに詰(なじ)られるシーンで、ダーッとなって一度見るのをやめた。九死に一生を得て戻ってきた近所の若い衆に「お前らがしっかりしないから、日本はこんなことになって、自分の息子も死んだんだ」なんて言うやつはいないでしょうに。主人公を心理的に追い詰めるための、いかにも作り物めいたセリフで、女優の演技もわざとらしく稚拙だったから、「こりゃドラマとしては見れないな」と思って、早送りで見ることに決めた。 次に、早送りを止めたところで、「米軍はソ連との関係に配慮してゴジラに対して武力行使を行わないと決めた」・・・云々という状況設定の説明が出てきて、これにもまた無理矢理感、違和感。ゴジラに東京が破壊されてしまえば、占領政策への打撃は計り知れないのだから、米軍が出動しないはずがないのである。どなたかが指摘していたが、アメリカは原


【再掲】2024年夏に見た原爆とホロコーストに関する映画&ドキュメンタリー感想文
◇映画「黒い雨」(1989年)とNHKの秀逸なドキュメンタリー ※タネアカシあり 井伏鱒二の「黒い雨」を今村昌平が映画化した。広島の原爆投下後、黒い雨に打たれたため「原爆病」の噂が立てられ、なかなか縁談がまとまらない妙齢の女性、矢須子を田中好子が、その叔父を北村和夫が、叔母を市原悦子が演じている。 他に着る服がないので、田中好子と市原悦子がチョコンと池に体を沈めて、洗濯した着物が乾くのをまっている。原作にもある その光景をある文芸評論家が「一種の聖画だ」と評し ていましたが、私も映画を見てそう思いました。しかし、2人とも、もうこの世にいないのだなあ。 梳いた髪が抜け落ちていくのを見て、原爆病であることを確信した田中好子が不思議な笑みを浮かべるところ。「不思議な」と書きましたが、他にどういう表情を浮かべるのかを想像した時、やはりこの表情しかないとも思えるのですね。ついに来るものが来た、と身構えていた緊張が一瞬溶ける、その表情ですか。 田中好子はこの笑みによって映画史に残る、と私は思います。 原爆については、以前、NHKで秀逸なドキュメンタリーを見


【再掲】「チャップリンの独裁者」(1940) 感想文
冒頭に挙げた動画は、「独裁者」エンディングの、かの有名な、反ファシズム陣営の結束を呼びかける、「床屋の大演説」シーン。この演説は、お題目、綺麗事の空疎な言葉だろうから、あんまり響かないだろうな、と思っていた。 ※動画は全てチャップリンの著作権管理者の公式サイトから 冒頭の戦闘シーンのギャグも古くなっていて、テンポがたるく、あまり笑えない。だいたい自分は、チャップリンのホボーの、あのわざとらしいカマトト歩きがあまり好きではないのだ。当人がやっている分にはまだいいが、その亜流(例えば萩本欽一)が真似てやったりすると、気持ち悪くて見ていられない。これは全部見るのが大変かな、と思いながら、鑑賞を始める。 が、チャップリンが、ヒトラーの形態模写の偽ドイツ語(トメニア語)を駆使して、「自分は平和主義者である!」と威丈高、攻撃的に訴える演説を始めるあたりから、俄然スイッチが入り面白くなった。 以下、ヒンケル総統の演説シーン。 この映画を見る前に、ヒトラーとナチス関係のドキュメンタリーを幾つが見て気づいたが、現実のヒトラーの髪振り乱した演説、シャチコバッタ歩き方


【再掲】アニメ「ダンダダン」で再評価の兆し?の昭和の名優・高倉健をディスる一連の投稿。
※アニメ「ダンダダン」によって再び脚光を浴びている昭和の名優、高倉健。男主人公のオカリンの本名が高倉健で、ヒロインのモモちゃんがなぜか高倉健の大ファンなのである。この「不器用ですから」のヤクザ映画&いい人映画のヒーローをディスってみた。なぜ健さんの映画に違和感を感じるのか、読めばわかるでしょう。きっかけは、高倉健らしからぬ?黒澤映画へのディスり発言からでした。還暦以上の方限定(笑) ◇もし、映画「鉄道員(ぽっぽや)」が懐かしきドリフのコントだったら。 この映画、見ていて恥ずかしいような気分になり、見るのをやめそうになったが、昔懐かしドリフのコントだと思って楽しめばよかったのかもしれない。 「もし、高倉健が田舎駅の駅長だったら」 みたいにコメディの題材として、映画そっちのけで、あれこれ想像して楽しむのである。 何かミスをするたびに「不器用ですから」と言って遠い目をするとか、いきなり感情的になって「死んでもらいます」と叫び懐から算盤を出す・・・とかその類のギャグ。要は大時代な演技をする役者に小市民の役をやらせた時のギャップを笑うわけ。...


【再掲】トニー・ベネットが歌うチャップリンの「モダンタイムス」のテーマ
トニー・ベネットの命日、2023年7月21日に投稿。 ※映像はべネットのVevo公式ページから。 2023年87月21日。名歌手、トニー・ベネットが亡くなった。96歳。 ちょい若めの奥さんの協力で、充実した最晩年を送ったと思いたい。映像は2010年のものだから、83歳の時だ。衰えない声量に驚かされる。ちょうど、トムジョーンズが今、そのくらいの年齢ではないか。トム、頑張ってくれ!サー! べネットは公民権運動の支持者でもあり、ハリー・ベラフォンテに乞われて、歴史的なセルマ・マーチにも参加している。後年開かれた記念行事で、べネットは、行進に参加後、自分を空港に送ってくれた参加者が、その帰路に、KKK団に射殺されたと語っている。 ライブエイドに参加するのとはわけが違うようだ。ジョン・バエズは、「公民権運動に、アーティストたちは、キャリアを失うリスクを犯して参加した。ライブエンドでは、アーティストたちは、参加しないことにキャリアを失うリスクがあった」と話している。 第二次大戦の従軍経験のあるベネットは、イタリア系マイナリティとして戦場で様々な差別を受けたと


【再掲】チャップリンに関する感想文
◇「殺人狂時代」(1947年) タネアカシあり 私の中でのチャップリンの最高傑作。殺人を繰り返しても悔悟しない映画の主人公は今でこそ珍しくないが、当時この映画がアメリカ社会に与えた衝撃は推して知るべしだろう。チャップリンは、この映画を直接の原因として赤狩りの対象となったと記憶する。 「独裁者」がヒトラー批判、ファシズム批判であるのに対して、この映画はアメリカにとっての「良い戦争」(第二次世界大戦)まで根こそぎ 否定しようとしたのだから(一人殺せば殺人者、100万人殺せば英雄となる)、危険分子とみなされないはずはないのである。 人殺しをビジネスにしてまで守ろうとした家族を失った後の、返ってさばさばしたような、しかし、おそろしく冷え冷えとしたあのチャップリンの表情!そして、教誨師の「悔い改め」の誘いをキッパリと拒否して死刑台に引かれていくチャップリンの少し揺れる映像に、心底驚き、「こんなところまで映画で描いていいものか」と思ったものだ。 ではでは ◇街の灯の残酷なラストと淀川長治 ※ タネアカシあり。ラストシーンについての話なので、チャップリンの代表


【再掲】「幸福の黄色いハンカチ」(1978) 映画感想文
※なぜかチャップリンの「殺人狂時代」のタネアカシあり。 「幸福の黄色いハンカチ」は好きな映画。 キャスティングで圧倒的にコールド勝ちした映画 と言っていいのではないか。 先ごろ、井上尚弥とノニト・ドネアとの再戦が「13ラウンドからの戦い」として話題になったが、我々は、 映画の冒頭、主人公・島勇作が登場した時、既に12ラウンドを見終わっていた のだ。高倉健のヤクザ映画のヒーローとしての前半生が、網走の刑務所から出所した、この九州出身の主人公(そういえば高倉健も九州出身だ)の前半生と完璧に重なりあったからである。 映画の演出がキャスティングから始まるとしたら、これほど効果的な演出はないだろう。この後、観客は、映画の主人公と俳優・高倉健の人生の再チャレンジを固唾を呑んで見守るだけなのである。 キャスティングの意外性による演出効果のもっとも高名な例は、チャップリンの「殺人狂時代」だろう。 ヒューマニズムの旗手、人間愛に溢れた喜劇王とされていたチャップリンが、冷酷卑劣な連続殺人犯を演じて、映画のラストでは、教誨師の悔い改めの誘いさえキッパリと拒否して断頭台


保守評論家のインドシナ史歪曲発言をChatGPTに批判させてみた・・・すると、な、なんと辛辣な!
ベトナム戦争、ポルポト派の大虐殺、「忘れられてるなあ」と思わされた些事。 倉山満「ポルポト派はベトナムに何の挑発もしてないのに、ベトナムは介入したんですよ」だって(笑)「 ちゃんと調べた方がいい」ってコメントしたら、擁護する人が出てきたので、「ブラザーエネミーでも読めばどうか」と言っておいた。 偉そうに言ってても、専門外のことはこんなもんかい。 もう歴史の取るに足らないディテールになってしまったのかもしれないが、この人、一応、歴史研究者である。 まともな研究者なら、畑ちがいの分野に口を出す時は、人一倍慎重になるも のだが・・・ 以下、ChatGPTによる倉山批判、相当に鋭くて、驚くと思いますよ。 私:こういうことは以前なら常識的な知識だったのですが、この間、ある保守系の評論家が、ベネズエラの米軍の軍事介入とベトナムのカンボジア進攻を比較して、「ベトナムなどはカンボジアから何の挑発を受けていないのに、カンボジアに進攻した」と述べていて、驚きました。 Chat GPT: それは驚かれて当然だと思いますし、 歴史認識としては明確に誤り...


ADO、The First Take で、わざと音程を外した説!?について(私しか主張していない陰謀論)
https://youtu.be/j5zwKHFtcn8?si=hxtMzyo48kkeEq21 上は、ADOの歌唱分析で有名なボーカルコーチ Chris Liepe さんの動画。ADOが The First Take で歌ぅった Usseswa を分析、激賞している。大絶賛であることは、他のリアクションユーチューバーと変わらないのだが、こ の人だけが、ADOが珍しく、はっきりと音程を外したことを指摘している。 この動画の1115くらい 、殴ったりするのは No Thank you・・・ youのところ、「あれ、ここは上がるはずでは」と不思議そうな顔 をして、すぐ、次に進んでいる。これは難しいところで、あまりこだわると、これほどの激唱、名唱の粗探しをしているようで興醒めになるし、しかし、ボーカルコーチとしての矜持があるから、一応、触れざるをえなかったのだろう。 自分もここは「おかしいな」と感じて、The First Take に下のようなコメントしたが、誰の共感も得られなかった(泣) 「ここ、外しているが、修正しないところがいいね。これで、おかし










