

英国文部省がAI Tutors の開発に乗り出す、つって、落ちこばれにとって朗報だと思う(日記から)
2026年1月28日(水) ▪️英国文部省がAI Tutors の開発に乗り出す。今年末から試験運用開始、。 イギリスのメディアLBCから AI tutors to be rolled out to UK schools in just two years in bid to help needy pupils イギリスの全公立学校で来年末までに、AIによる補修カリキュラムを導入する。 これにより、45万人の落ちこぼれ生徒に個人授業を提供する事が可能に なる。そういう記事。ちなみに「落ちこぼれ」とは書いておらず、Disadvanteged Children とある。 大賛成。 AIというのは、熱心で根気よく生徒を教える優秀な先生になる可能性を秘めている。また、ほぼ無尽蔵に、生徒に時間を提供できる のだ。これは、自分の経験からもそう言える。とにかく、ポジティブに、「褒めて伸ばす」タイプの教師である。 時に、ハルシネーションを起こすのが困りものだが、AI Tutors に触れて「初めて先生にまともに相手にされた」と感じる子供も多いのではないか? 以前


東陽一監督の訃報、あの時代の青春映画「サード」の監督に合掌。
東陽一監督が亡くなった。91歳だったそう。 産経ニュースより 【訃報】映画監督の東陽一さんが老衰のため死去した。91歳。日本アート・シアター・ギルド(ATG)の代表的作品「サード」では少年院を舞台に10代の鬱屈した内面を表現。桃井かおりさん主演の「もう頰づえはつかない」、黒木瞳さん主演の「化身」などの話題作で注目を集めた。 以下、「サード」「遠来」について以前書いた映画感想文。永島敏行の演技について、ほぼ同じことを書いている。(『遠雷』の監督は根岸吉太郎) サード(1978年) タネアカシあり サード、ナガシマなのに、全然明るくない、少年院を舞台にした青春映画。「遠雷」と同じように助演女優のヌードの素晴らしさ(森下愛子)と、永島敏行の棒読み演技が記憶に残る映画である。 要するに、殆どの普通の日本人、特に、1 7、8の未成年男子などは、自分の感情を表すことが下手な日常生活おける「大根役者」であり、それが、この頃の永島の大根役者ぶりと平仄があった わけですね。そういう意味で私は、「遠雷」と大岡昇平原作の「事件」、それから、この「サード」の永島敏行の演


Ado日誌(2026年)
2026年1月2日 ◇ ADO がFirst Take に初出演、「うっせえわ」を生で、一発勝負で歌う! なんと新年早々、 ADOがFirst Takeで「うっせえわ」を歌っている。初出演。 驚いた。 所ジョージではないが、す・ご・い・で・す・ねえーの一言。(引退してる?所ジョージ)ホラー仕立ての演出、振り付けだが、この歌の楽曲は元々、そういう曲なんですね。ADOがピアノ伴奏で歌う「うっせええわ」のバージョンがあるのだが、自分は、それを聞いて シューベルトのホラー歌曲?「魔王」のピアノ伴奏を思い出した ものだ。 ADOの歌声がスタジオ加工の産物ではないかという中傷が時々あるが、スタジオバージョンだからもちろん加工はしているけども、 ADOの場合、ライブの方がいい、という声が圧倒的 なのである。 自分は、一般的には、ADOのスタジオバージョンの方が、安心して聞けて好きなのだが、特に印象に残る歌は、「風のゆくえ」とか「Unravel」とか、この「うっせえわ」とかのライブバージョンなのだ。 ファンになったのは、Unravelのライブバージョンを聞いてか


ADO日誌(2025年)
2025年1月3日 ノート 素晴らしい。ちゃんと英訳が入っている。これから外国人に、「日本人の宗教観ってどうなってるの?」と聞かれたら、これを見せることにする。大体が、こういう感じのファジーな無神論者ではないか。しかし、この歌詞、笑えて、しかも、結構、深いのですね。さすがボカロプロヂューサーが作っただけのことはある。「それっぽい単語集で踊ってんだ」なんて、いい感じに鋭いフレーズ。「神も仏も所詮、その程度のもん、言葉に過ぎんだろう」と思う。 しかし、一方で、椎名麟三ではないが、「本当のもの」を心の奥で求めている気配もあるのだ。「全部理解して患った、無邪気に踊っていたかった人生」という締めの歌詞にそれを感じる。これは深読みじゃないと思う。みんな、(宗教ガイキチ以外は)そういう不安を抱えて生きているわけで、だから、時々、気の迷いで、妙な宗教に引っかかったりするのだ。そういう日本人の宙ぶらりんな、不安定な感じが滲み出て、この歌のラストが少しだけ哀感を帯びるわけだ。 2025年1月11日 コンサートの後半、疲れ切った声で歌うADOも悪くない。聞かせどころで


「永遠のあくる日」ライブ〜ADOの不安定な低音に中森明菜の若い頃を思い出す
ADO「永遠のあくる日」のライブバージョン。低音がきついのだが、それがむしろいいのだ。低音の不安定感が若い頃の中森明菜みたい。そこから、高音ベルト、シャウトで盛り返して、わーっと「解決する」時の迫力が、低音の不安定さによって増幅されるのである。妙なことを言っているけど、聞けばわかります(笑) いや、まじで天才。コンサートで完璧を求めないで、素の自分を曝け出しているところが素晴らしい。そして、ライブバージョンの殆どが、オリジナルよりいいのである。たまに失敗があるが、例外的なことだから、ファンとしては、それさえも「悪くない」という気分になる。何というか、「ADOの真正性」を失敗が担保している塩梅になるのだ。 曲も歌詞も素晴らしい。「雨は虹の予告編だ」・・・なんと爽やかでロマンチックなフレーズ!曲調も、歌詞のペシミズムの質感も違うが、Movie 繋がりで、Adele の When we were young を思い出した。「永遠の・・・」の方は「ベタな映画のエンドロール」と、ストレートな感情を嫌うティーン向けに捻ってあるが、失恋の歌であることに変わりは


タイのPolicy First Party と日本の野党について、天声人語風に考えてみた(笑)
「国民の党」の選挙ポスター いやはや、立憲民主、二人を除いて全員新党に合流したそう。全く、恥ずかしくないのだろうか。党内左派は、当然、党を割って出るべきだった。政治倫理的にもそうだが、 彼らが残ることで、日本の政治の「わかりにくさ」が残ってしまうのである。 先日、「村落幹線道路」(そういうプロジェクトがある)を電動自転車で走っていると、「国民の党」の選挙用立て看が目についた。(直訳すると、「人民党」だが、「人民党」が持つ人民抑圧のイメージはこの党にはないのでこう訳しておく。現在、比較第1党のリベラル政党) 徴兵制度改革を訴えるポスター 「強制的徴兵制度の改革 職業軍人の軍隊へ」 ・・・とイメージカラーのオレンジ色の上に大きく書かれていた。昨年のカンボジアとの国境紛争で、あれほど軍が英雄視され、ある種、アンタッチャブルな存在になったにも関わらず、この政策を堅持している。ぶれないのである。 定期的に軍事クーデターが起こるこの国で、このような政策を打ち出すリスクを、推測してみてほしい。 まあ、いわゆるクーデター、いわゆる軍事政権と、タイのそれとは違うの


テレビ日記(2026年1月②)〜日本も解散総選挙?、高市、李のドラムセッション、などなど
掴み取りイベントで取れたナマズ 2026年1月11日(日) なんと、高市政権の支持率がさらに上がって78.1%。これは解散になるだろう。支持を得られなければ有権者を馬鹿扱いする勘違いリベラル、勘違い極右が多いから、「働いて、働いて」の元気で明るい働き者キャラ、高市早苗が受けているのだと思う。 2026年1月13日(火) 産経ニュースから 日韓両首脳〝ダイナマイト〟なドラムさばき 会談後にセッション、首相がサプライズ準備 しかしまあ、あよくやるなああ(笑)以下、NNNのニュース。 この二人、ボクシング用語で言えば、戦前の予想に反して「かみあう」のではないか?(「面白い試合をする」という意味である) 李在民は筋金入りの「反日左翼」というのが定説だが、一方、立身出世が人生のメインテーマの機会主義者という味方もあるよう。高市早苗は軍国主義復活を目指す「極右」の定評があり、韓国世論の反発が予想されていたが、例の太極旗お辞儀パフォーマンスで懐柔してしまった。 韓国世論の好意的反応を想定していないと、李大統領はここまできない だろう。 二人とも、多少の反発が、


【再掲】その昔、映画「地獄の黙示録」に激怒していた件について。(映画感想文?)
※ベトナム戦争集結50周年記念日の前、2025年4月25日に投稿。 ベトナム戦争終結50周年が近づいてる。以前は、圧倒的に北ベトナム贔屓だったが、今では、「 ロシアがウクライナでやっていることは、北ベトナムが南ベトナムでやったことと外形的には同じではないか?」 とまで考えるようになってしまった。自分の中での「ベトナム戦争神話」の崩壊である。(遅いか?) もちろん、北ベトナムには対仏戦以来の独立の大義があったわけで、ベトナム戦争は、ロシアが今やっているような明白な侵略戦争ではない。 だが、南ベトナムの立場を韓国に置き換えた場合、南ベトナムの側に独立の大義がなかったとも言えないと思う のだ。(北ベトナムが北朝鮮よりずっとうまくやっていることは、疑いの余地はないが)要は、以前自分にもあった「社会主義の体制的優位性への幻想」が、北ベトナム支援の世論を形成した大きな要因ではなかったかと思う。 自分はかなり遅れてきた世代だけれども、その昔、ハリウッド映画「地獄の黙示録」や「ディアハンター」を見て、 「解放戦線を貶め、デモナイズする政治的な意図を持った


【再掲】映画感想文(2025年1月〜4月)
2024年12月24日 「貧乏を憎み誰でもまじめに働きさえすれば 幸福になれる世の中を願うことがアカだというのなら わたしは生まれたときから アカもアカ、目がさめるような真紅です」 山田五十鈴の言葉。そういうことなら、ほとんどの人がアカではないか。いやあ、すごい人だったのですなあ。もうお亡くなりになったのかな。 ではでは https://www.facebook.com/photo/?fbid=1130631832400069&set=a.175637397899522 2025年1月5日 https://www.facebook.com/photo/?fbid=1256738752589872&set=pcb.1256738929256521 ノート 早稲田松竹で小津映画のデジタル修復版が連続上映されているようだ。素晴らしい!写真を見る限り画像はとっても鮮明。音はどうなんだろう。あのざーっというホワイトノイズは、なんとなく古い映画のイメージとくっついて悪くないのだが、やはり音も鮮明な方がいいのだろうな。早稲田松竹、懐かしい。どこにあったのかも忘


【再掲】公開から40年、映画「キリングフィールド」で主役を演じたカンボジア人医師
https://www.facebook.com/photo/?fbid=122166412376272248&set=a.122097866612272248 ノート キリング・フィールドの主人公を演じたカンボジア人は、お医者さんをしていた人で、役者としてはズブの素人だった。この人自身は制作側にいて、演者になるつもりはなかったようだ。あまりにも記憶が生々しく精神のバランスを保つ自信がなかったからだろう。結局、他に相応しい人がいなくて、主役を演じることになったが、監督はこう言って、彼に役者の経験がないことを意に介さなかったという。 「彼は日常生活で演じていたんだよ。演技ができなければポルポトの政権で生き残れなかっただろう。」 監督の言葉通り、この人は、キリングフィールドで一世一代の名演技を見せた。このエピソードは、ある映画評論家の 「映画の演技は役者の個性のドキュメントである」 という言葉を思い出させる。この人の奥さんは、出産時の多量の出血で、お子さんと共に亡くなったが、体調が悪化しても、産婦人科の医師である夫に最後まで連絡する事はなかった。夫に


テレビ日記(2026年1月①)〜停戦してなお騒がしいお正月、米のベネズエラ侵攻など
※うちの外飼猫サンシーがお昼寝中。かみさんと、お義母さん、私と、こいつ、3人と1匹で暮らしております。田舎に引っ越してから、ほぼ毎日書いておりますので「不定期テレビ日記」改め「テレビ日記」にしました。テレビ日記としたのは、コロナが流行していた時に始めたので、 引きこもってテレビを見て書いた日記 という意味でした。テレビというか、主にネットですね。その点は、今も、あんまり変わりません。 2026年1月1日(木) カンボジア兵捕虜は本国に返され、停戦も維持されて、一応、平穏な正月元旦 。いつもの正月なら、元旦は朝からお酒を飲むのだが、そういう特別な気分にもならず、四方から聞こえてくるスピーカーの大音響に耐えている耐えている。もう10歳若くてもこれにはついていけないだろう。 普段は我慢して働いている人たちだから、こういう時に、集中的に憂さ晴らしするのは仕方がないか。 かみさんも同じように歳を取った。親戚一同集まっての大晦日のパーティーも年が明けるとすぐ引き上げてきた。早くても2時、3時までは飲んでいると思っていたのに。自分はお義母さんと家にいて、別々の


【再掲】映画配信サービスで映画が終わるとすぐ次の映画の広告が入る件について。
※「Look Back」のタネアカシあり 自分は、最近の映画の細々(こまごま)と全スタッフの名前をエンドロールに載せるエンディングが好きではなく、昔の日本映画の、頭に主要キャスト、スタッフを紹介して、 エンディングは「終」でドンと終わるやり方が好きなのだ。黒澤明の「どん底」のエンディングなど最高にクー ルだった。 しかし、時にはラストの余韻をしばらく感じていたい映画もある。「この人たち、俺に何の関係があるの」というスタッフの名前を延々と見る気はしないが、 座って音楽をしばらく聴いていたい映画もあるのである。「Look Back」はまさしくそういう映画 だった。 非業の死に倒れた同僚の遺志をついで、静かに、 しかし決然と仕事机に座って、また描き始める藤野の姿は、ある意味、あの映画で最も重要なシーンだとも言える のである。それをホンの数秒で、次の映画の宣伝に入る無神経さ!制作スタッフの自己満足やギルドの規定で、惰性的に流すエンドロールとはわけが違うのだ。これをやった人(というか多分AIだろうが)の首を絞めたくなった。 このエンドロール途中で切るやり方


【再掲】Look Back (2024) 映画感想文
※タネアカシあります。ご注意を。 配信サービスにあったので見てしまった。泣けた。何よりまず絵が素晴らしい。自分は、ある種のアニメの絵には抵抗感がある方なのだが、この絵は好きだ。(例えば、「君の名は」の絵は自分はダメなのだ。 ストーリーに入れない)タイ人レビュアーが、絵の完成度に難点があったと文句をつけていたが、どこを見ていたのか?ディズニーのアニメーションにかぶれているだけだろう。 自分が今まで見た中で、最高のアニメーションの絵 だったと思う。 藤野が京本に褒められて嬉しくなって、漫画への情熱を取り戻し、雨の中を飛び跳ねて帰るのは「雨に唄えば」である。二人で街に遊びに行くシークエンスも素晴らしいし、京本が勇気を出して藤野との決別を言い出すシーンは、還暦の俺の胸が激しく痛んだ、いや、マジで。自分も引きこもり予備軍だったのだ。印象に残った絵はいくつもあるので、 ここに詳しく書くために見直したいところだが、今はもう一度見る気になれない。これは予想通り後を引くなあ。 映画の地方都市の風景に、自分が生まれ育った街を思い出す人は多いのではないか?自分は四国の


【再掲】イングロリアス・バスターズ(2009)〜映画感想文
※タネアカシ多少あり これ、英語原題がInglourious Basterds スペルが違うのだ。「リザボアドッグ」より訳わからん題名。Reservoir Dogs は「貯水池のあたりを彷徨いている野良犬みたいな・・・」というタランティーノの説明?が、感覚として少しは理解できる気がするのだ。 試しに、AIに理由を聞いてみたらこういう答えだった。 以下、ChatGPT から引用。 改変した意味をどう解釈しますか?(私の質問) タランティーノがタイトルのスペルをわざと「Inglourious Basterds」と変えた理由については、いくつかの解釈が考えられます。 皮肉とユーモア:映画自体がナチスを打倒するための「ならず者」たちの過激な作戦を描いたフィクションであり、歴史的なリアリズムよりもユーモアや皮肉が強調されています。誤ったスペルは、作品の風刺的な性質や、形式に囚われない映画の雰囲気を反映している可能性があります。 反逆的な個性:誤字を用いることで、観客に反骨精神を強調し、伝統的な「英雄」とは異なる、アウトロー的なキャラ


【再掲】ジョンウィック4(2023)〜最後まで見なかった映画の感想
※タネアカシあり アマゾンプライムで鑑賞。NetFlix をやめてこちらにしてみたが、いろいろあって、ほとんど見なかった。更新日があと数日に迫っていたので慌てて見てみたのだ。ローレンス・フィッシュバーグがライターをつけるシーンに砂漠に朝日が登るカットを繋いだ、 「アラビアのロレンス」引用シーンの後から である。ここまで見て、一旦、見るのを休止していたのだ。 アマゾンプライムはとりあえず解約した。 この「とりあえず解約でき、いつでも復帰できる」というのは、配信サービスが普及した理由の一つだろう。 実際利用して見て実感した。いやあ、便利になったものですなあ。しかも、600円くらい。遅れてる? さて、「ジョン・ウィック」だが、このシリーズは、1を未見、2は全て見て、3は半分くらいでやめた。このパート4は、大阪での大殺戮シーンまで見てお腹いっぱいになり見るのをやめた。 いやはや、これは、さっき5歳の孫娘がやっていた ソンビ殲滅ゲームの世界 ですね。他の人は飽きないのかな。ヒットしているのだから飽きないんでしょうね。PCの戦闘ゲームもズーうっとやっていて飽










