タイ的な、あまりにもタイ的な「ナーガの火の玉」の嘘
- Plaadipbkk
- 2017年8月23日
- 読了時間: 5分
みなさんは「メコン川の謎の火の玉」というのをご存知だろうか。
毎年旧暦11月の最初の満月の日(雨安居明けの日、仏教の祝日)、メコン川から火の玉があがる怪奇現象である。この現象が起こるノンカイ県には毎年、たくさんの見物客が訪れ、今では東北タイの重要な観光名所になっている。
いわれとしては、「メコンに住むナーガ神が、ブッダに感謝の意を表すために火の玉を上げるのだ」いうのだが、なんともとってつけたような浅薄さが、急造神話の匂いをプンプンさせている。
実は、この話、もう10数年も前に「怪奇現象でも特異な自然現象でもない」と決着がついている話なのである。火の玉の正体は、対岸のラオスから打ち上げられる照明弾だった。以下、このことを映像で立証した、旧ITB(Independent Thai Broadcasting)のドキュメンタリー番組。
ビデオクリップの25分30秒ごろに注目いただきたい。ラオス側の村人が照明弾を打ち上げると、メコン川を挟んで対岸のタイ側から歓声があがるのがわかるだろう。
隣国ラオスもタイの東北部も民族的には同じだから、文化、風習もほぼ同じである。ただ長い内戦を体験したラオスでは、祝砲をうって仏日(雨安居明け)を祝う習慣があり、それを対岸で見たタイ人が「火の玉だ!」喜んでいただけなのである。(地域観光の目玉となった今では、ある種の「契約関係」がある可能性もあるだろうが、その点は番組では触れていなかった)
「ナーガの嘘」を暴いたのは、当時のITBの看板番組「トーットラハット」(「謎を解き明かす」)だった。しかし、村おこしに多大な貢献をした「ナーガの火の玉」にケチをつけられた地元の反発はすさまじく、番組責任者は左遷の憂き目にあったという。まさに、石流れて、木の葉沈むの思いだったろう。またはカフカの世界である(笑)
この番組が放送された後も、「ナーガ神の火の玉」行事は、毎年多くの見物客を集め、地元にそれなりの金を落とし、メディアは火の玉を中継し、今年は何発撃ちあがったと興味本位の報道を続けた。「嘘でもなんでも、楽しければそれでいい、パーティを台無しにするなんて愚の骨頂」、と、ま、そんなところだったのだろう。
しかし、ここに来て風向きが変わり始めた。地方の観光収入を重要視するはずの政府が公式見解として「ナーガの嘘」を認めはじめたのだ。以下は、タイ科学技術省が提供する番組「Sinfin]から。
冒頭、メコン川に溜まったガスは、燃えることはあるだろうが、火の玉を形成して空に撃ちあがる推進力を持つことはない、と科学的な見解を述べたあと、やはりITBの番組を引用し、火の玉の色からいっても、対岸ラオスから打ち上げられた照明弾であると指摘している。
また、6年前、パンティップという掲示板サイト(2チャンネルのような落書きサイトではない)の有志が、30秒に一回シャッター切る自動撮影で4時間にわたって撮影したところ、曳航して見える火の玉は全てラオス側から打ちあがっており、水面から出ているものはひとつもなかったと結論が出たという。その間、タイ人は、火の玉を見て歓声が上げ続けていたわけだ。
番組に登場したチェッター先生(チュラロンコン大学理学部教授)は、「毎年テレビの取材班が来て撮影しているのに、火の玉が水面から上がっている場面が撮影されたことは一度もない」と、火の玉現象のおかしな点のひとつにあげている。
この点、筆者(オレ)も、ある先輩カメラマンと議論したことがある。その方は、「水面から火の玉が出るのを見たし、撮影した」と言い張るのですよ。しかし、後になって「映像を確認してみると、水面からとはいいきれないものだった・・」とがっかりした声で電話をかけてきた。いつもは冷静な人なのに不思議だ。ナーガー神には集団催眠の効果でもあるのだろうか。
それはさておき、番組の先生は、おろかな民衆の代表である女性リポーターの質問に答えてこうも言っている。
「照明弾なら、なんで銃声が聞こえないのかって?メコン川の川幅は約1キロメートルあって音が到達するには3秒くらいかかる。光はすぐ見えるから、火の玉を見てから見物人があげる歓声に音が打ち消されてしまうのですよ」
ここまで証拠がそろえば、さすがに、「ナーガの嘘」を強弁し続けるのも難しくなったらしい。最近、「ナーガ火の玉祭り」の観光客動員が振るわなくなってきた。また昨年は前の国王陛下が直前に崩御されたため、行事そのものが取りやめになっている。前の陛下の火葬の儀と時期が重なるため、今年も開催されるかどうか・・・。
しかし、いずれにしろ、もうこのヘンで「タイ的な、あまりにもタイ的な・・・」社会現象には終止符をうっていいのではないか?
ま、おもしろければそれでいいではないか?という気もしないでもないが・・・。
ITBの暴露番組が放送されたのとほぼ同時期に、「メコンフルムーンパーティー」という映画が公開されている。「火の玉現象」ををめぐる人間模様を描いたウェルメイドな小品映画だが、こちらの方は、真相を90パーセントまで暴きながら、ラストシーンで救っている。ネタばらしになるから書かないが、いい加減といえば、ものすごくいい加減なラストである(笑)しかし、そのおかげて、映画はヒットし、秀作という評価を得ているわけだ。
ま、タイでうまくやるには、このてのチャランポランさ(よく言えば、柔軟さ、バランス感覚)が必要なんでしょうな。
以下は、映画「メコンフルムーンパーティー」。
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