ヨナ抜き(長短)ニロ抜き音階による作曲
- somsak7777
- 2017年8月14日
- 読了時間: 2分
BBCの音楽ドキュメンタリーでグッダールという音楽評論家が、「黒鍵盤だけで弾くとヨナ抜き音階(ペンタトニックスケール)の曲になる」というのを聞いて、「なるほどね」と思って作曲してみた。作ってみると、なるほど鄙びた懐かしい感じのメロディーになる。家人は「これタイの曲?」と聞いてきた。
歌詞は後でつけた。逓信馬車というのが本当にあるかどうか定かでなかったが、歌詞を作ってからWIKIで調べてみると本当にあるようだ。多分、うっすらとあった記憶のもとは、松本清張の「或る小倉日記伝」だと思う。例によって一首、
穏やかな顔をふりふりポクポクと
手紙を配る逓信(ていしん)の馬車
ヨナ抜き音階を短調にして曲を作ると、今度は、古賀メロディーみたいな嫋嫋とした雰囲気になる。何かの曲の盗作と言われるかもしれないが、私はほぼ音階を順番に弾いているにすぎないのである。(音階を盗作したとは言えまい。)イ短調で言えば、ラシドミファラと弾きながら3拍子の節をつけると演歌になる。簡単だからやってみてください。
歌詞は以前、拉致被害者の曽我ひとみさんが、「北朝鮮で月を眺めて、佐渡でも同じ月をみんな見ているのかな、と思った」と語っていたのは思い出して作った。曽我さんは不遇の人で文学の教育なんか受けていないと思うが、月をめぐるアジア的情緒と無縁ではないのですな。
月は、どこにいても、いつみても、同じように見える。だから、月を昔見た場所(故郷)、一緒に見た人、諸々に対する懐旧の情を誘うのですな。月の偏在性、恒久性、普遍性が、李白の詩(静思夜)や、カラワンの歌(満月)を生んだわけだ。
ここで一首、
人は死に鳥水に落ち草枯れて
無機の御園(みその)に月煌々と照る
最後は、琉球音階(ニロ抜き音階)。これも、ほぼ音階を弾いて作ったが、私のような初心者には「不思議なことに」、沖縄風になるのですな。なんとなく、南の国の楽天性のようなものが、調べの中に滲み出てくる。不思議。
歌詞は、ジャズのスタンダード「ブルームーン」から想をえた。この歌、私には恋愛が成った歌にはどうしても聞こえないのですな。ビリーホリディのものを最初に聞いたからそうなのかもしれないが、曲全体が、孤独な人が見た幻想のようなペシミスティックな感じがある。映画「タクシードライバー」のラストシーンを思い起こさせる。ここで一首、
「青い月」ビリーホリディが歌いしは
孤独の人のひとり見る夢
おそまつさまでした。
ではでは
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